創造力に国境なんてない。新進気鋭アーティストやアートの世界進出を一気通貫でサポートするTRiCERAの挑戦
デジタルガレージグループ(以下、DG)では世界にチャレンジするスタートアップに投資と支援を行っています。今回ご紹介する株式会社TRiCERAは、現代アーティストのグローバルアートマーケットプレイス事業を展開し、急成長を遂げています。同社はDGが運営するシード・アクセラレータ・プログラム「Open Network Lab(以下、Onlab)」の 第19期 Demo Dayで最優秀賞を受賞した企業でもあり、2021年8月には3回目の追加出資を実施しました。NFTアートの実現や資金調達の背景、今後の事業展望について、Onlab採択時から支援をしてきた松田を交えてお話を伺いました。
[株式会社TRiCERA]
株式会社TRiCERAは、”創造力に国境なんてない”というVISIONにならい、あらゆる可能性を秘めているアーティストが、自国だけではなく世界中で活躍できるように、様々なアートサービスを提供している会社です。 主力プロダクトである、グローバルアートマーケットプレイス「TRiCERA ART」は、現代アート専門の登録制ECプラットフォームです。現在、登録アーティスト数6,000名、国籍126カ国以上の方に利用されており、アジアにおいてシェア率はNo.1規模となっています。
※ 以下、記事では社名を「トライセラ」と表記しています。
アート作品のオンライン販売の拡大とNFT取引機能の実現。パブリックアートをNFTで購入可能に
――新型コロナウイルス禍におけるリアルなコミュニケーションの減少は、アート界にも影響を及ぼしています。ギャラリーに足を運べなくなった分、オンラインでの取引が増えていると聞きました。
井口:オンラインでのアート取引量は着実に増えています。世界ではアート取引のオンライン化率は約10%ですが、日本ではまだ1%にも満たないんです。あるアート業界の企業がアートコレクターの方々へ調査したところ、依然としてアート作品をギャラリーや画廊で購入する方は多くいらっしゃるものの、ECで購入する方も増えているのでオンライン化は今後も追い風になっていくと予想しています。
――トライセラは2021年11月12日に、彫刻家の名和晃平さんが手掛けた作品「White Deer(Oshika)」の原盤3Dデータとコンセプトムービー、ドキュメントムービーを含むパッケージをNFTとして販売していらっしゃいますよね。
井口:はい。NFT(Non-Fungible Token)とは、複製が簡単なデジタルデータを一つずつ区別可能にして、所有権を主張できるようにしたテクノロジーです。「TRiCERA NFT Art」では、トライセラが選定したデジタルアートを対象としたNFTで、これまでコピーや違法ダウンロードなどで著作権や所有権の証明が困難だったデジタルアートの購入を可能にしています。
NFTアート取引は世界中で活発になってきていますが、デジタルアートを含むさまざまなデジタルデータを制作者に無許可でNFT化して販売されてしまう問題が起きています。このままではブロックチェーン上で公開されていても本物と偽物を見極めるのが難しくなってしまう。そこで、トライセラではアーティストとユーザーの権利を保護して取引を証明する信用機関として、NFTデジタルアーティストとユーザーの取引の信頼性を担保することに取り組んでいます。
名和さんは大きな作品を作る時、デジタルで3Dモデリングを作成してから彫刻に入ります。この「デジタル」で下書きを起こすというプロセスがNFT取引を可能にしたのです。両者の特徴が上手くマッチした、また、NFTを活用して新たな機会創出ができたという点で、DGが掲げる「ファーストペンギンスピリット」を実現できたのではないかと思っています。
アート作品のオンライン販売の伸長と新たな挑戦「パブリックアート ✕ NFT」に未来を感じて、3回目の出資へ
――NFTアート取引での成功を含めた実績を見て、DGではトライセラへの追加投資を行いました。
松田:コロナによって個展や展示会といったイベントが開きづらくなったこともありますが、もともとアート業界はEC化や開催方法の多様化が進んでいく潮流にありましたし、今後、アート作品のオンライン販売の拡大が予想されます。また、今回の「パブリックアート ✕ NFT」では、現代アーティストのNFTアートを購入できるプラットフォームを作ったというチャレンジに未来を感じたことも出資を決めた一つの要因になりました。
――井口さんと松田さんは2年半ものお付き合いがあるそうですが、今回3度目の投資実行に至った経緯をお聞かせください。
井口:DGにはトライセラのサービスが開始して3〜4ヶ月の頃から大変お世話になってきました。もちろん、当時は数多くのベンチャーキャピタルさんにもお話しさせていただきましたが、事業への考え方や理解度、解像度、方向性が最も近いのはDG、ひいては松田さんだったんです。SaaSやフィンテックなどには、スタートアップ業界がこれまで築き上げてきたノウハウや方式がすでに存在しますが、アート業界のスタートアップへの投資は、投資家の方々のアートやアート業界に対するリテラシーが必要になってくるので、投資判断するのは容易ではないと思います。その点でもDGは稀有な存在ですね。
松田:トライセラの事業基盤が完成しつつあるのを間近に見て、今回はそれを10倍、100倍に拡大していくための資金として、投資実行に至りました。井口さんはOnlabの第19期 Demo Dayで最優秀賞に輝いていますが、トライセラを立ち上げた時から、ビジネスの方向性や仕組みを一緒に考えるなど二人三脚で成長の道を歩んできたので、相互の理解が深いと言えます。
井口: 世の中の多くのサービスやプロダクトがテクノロジーに寄っていますが、「エモさ」を求める流れも生まれています。幼い頃からテクノロジーを当たり前に使いこなしている若者たちが、敢えて不便なものや手のかかるものを楽しむといった、アナログならではの「エモさ」に惹きつけられている。アートはその最たるものであり、テクノロジーとも共存できるという点でも意義を感じています。
ECによるディスラプション。誰もがギャラリーに行かずにアートを買える時代へ
――オンラインでのアート取引は、買い手と作品との「出会い」のハードルを下げたといえますね。
井口:これまでは、買い手が実際にギャラリーに足を運び、作品を見て購入するパターンがほとんどでしたが、そもそもギャラリーに行く習慣がある人自体少ないのが現実です。我々はそこを解決したかった。
松田:お気に入りのアーティストの作品がたまたま近くのギャラリーに展示されていたから、と偶発的に購入するケースがほとんどです。コレクターであればギャラリストが提案してくれるので購入しやすいけれど、一般的なお客様がアートに出会うことは滅多にないし、そもそも購入方法がわからない。一方、ECであれば、若い人たちにも馴染み深いインターフェースで購入できる。新しいアート作品の買い方を提供したのが、オンライン化だと思います。
一方、ECでは作品の大きさや質感、素材感が掴みづらいという課題がありますが、トライセラは、テクノロジーを駆使することによってユーザーに作品の具体的なイメージを届ける仕組みをつくっています。これが普及したら、わざわざギャラリーに行かなくてもお気に入りのアーティストの作品を簡単にインターネットで購入できる。この世界観に対するニーズは非常に大きいと確信しています。
――アートを初めて購入するユーザーはどれくらいいらっしゃいますか?
井口:弊社の調査では、半数が初購入のユーザーでした。ユーザと作品の接点が増えたのももちろんですが、値段がわかりづらいギャラリーとは異なり、ECでは金額がオープンです。予算に応じて作品を検索して購入できるのもユーザーに喜んでいただけている点だと思います。
「アーティストと共に生きる」。トライセラはテクノロジーで「売れる」プラットフォームを実現する
――今後、トライセラをどのような企業にしたいとお考えですか?
井口:最終的には「アート業界の吉本興業」を目指しています。吉本興業は、この数十年で芸人さんにとっての「エコシステム」を作り上げたと考えています。学校や劇場を設立して芸人さんを育成する、食べさせる、売っていくというピラミッドを作った。現在およそ6000名の芸人さんが所属していますが、このエコシステムのおかげでそれぞれが自分の夢やロールモデルに向かって突っ走れるわけです。
トライセラもオンラインでテクノロジーを使って、アーティストをサポートするプラットフォームを作り、彼らのステージに合わせたサービスを展開していきたいと考えています。
松田:トライセラには美大を卒業したばかりの若いアーティストも多く所属していらっしゃいますが、まさに今、売れてきていますよね。
井口:トライセラが国内外のアート業界で認知されるようになったおかげで、アーティストが「オンラインで展示する時にはトライセラを使おう!」と登録してくださるんです。
松田:美大のOB・OGが「トライセラで上手くいった」と成功事例を後輩たちに共有したら「私も」という循環が生まれますよね。また、地方に住んでいて東京に来られないアーティストや、職人気質であまり外出しないアーティストにとっても、トライセラへアクセスできることは魅力的だと思います。
井口:ただ、売ることばかりに固執してしまうと、アーティストの才能やキャリアを殺してしまうことになりかねない。もちろん、販売はアーティストや事業にとって重要な柱ではありますが、トライセラでは、アーティストの目指す姿や世界観を重視し、本人のキャリアメイキングも考えながら最大限のサポートをする。オンラインでアート作品を売っているだけではなく、アーティストとともに生き、相互の信頼関係を構築しながらいかにスケールさせていくかを考えています。また、アート作品を購入するユーザーが増え、彼らがよりいっそうアートに興味を持つようなサービスを展開していきたいです。1人のアーティストが作った一点物の作品は、大量生産品とは違った精神性や想いが込められています。日本でも、1人しか所有できない価値を大切にして、アーティストや作品の魅力をいかにユーザーに伝えていくかも設計していきたいですね。
創造力には国境なんてない。価値観や精神性は一つの場所に当てはめなくていい
――松田さんは、トライセラにはどのようなご活躍を期待していますか?
松田:古い業界に新しい仕組みを入れることで、これまで活躍できなかったアーティストが脚光を浴びたり、より多くのユーザーが本物のアート作品を自宅に飾る醍醐味を味わったりする世界を作ってほしいです。トライセラに所属したアーティストが世界的に有名になっていくことにも期待したいですね。
井口:現在、OnlabではESGのファンドを立ち上げて、新しいエコシステムを拡充するフェーズにいらっしゃると思いますが、トライセラもESGの環境・社会・ガバナンスの各項目で独自のプリンシプルを持っています。昔、会社は社会の公器だと唱えた人がいましたが、現代ではそれに環境や地球も含めて経営戦略を立てていかなければいけません。
そして、アーティストはもっと世界に出ていく必要があると思っています。価値観や精神性は一つのところに当てはめる必要がないし、売れるために自分を変えると自分を失ってしまう。そうではなくて、自分を受け入れてくれる場所を探した方が良いのではないか、と。これは、トライセラの「 Creativity Has No Boundaries(創造力に国境なんてない)」というビジョンであり、すでにグローバル規模でさまざまな人種や障壁を越えてアーティストを認知してもらう活動を進めています。
アート業界の課題をテクノロジーで解決し、多くの「作家・作品」との「出会い」を創出することで、世界から「境」をなくしていきたい。トライセラの理念を強く感じるインタビューでした。